11.13.2009

necessity

小休憩。

よく深夜の議論をして夜更かししてしまうことが多いのですが、
デザインの色んな話をします。
多様化するデザインというカテゴリで考えることの多い1年でした。

デザインがデザインたるべき姿はどこにあるのでしょう。
長い時間をかけて個人として考えていく必要があります。

以下の記事は話題に上ったもので、
面白いのでリンクします。

インクルーシブ・デザインとエクスクルーシブ・デザイン
柳本浩市さんのブログから

適正価格の空洞化──「ふつう」の背景
藤崎圭一郎さんのブログから

2 コメント:

カイシトモヤ さんのコメント...

デザインっていつから、「形状を作る」「色を決める」「視覚的な構成をする」ってふうになったんでしょうかね。
元来は目的のためにあるべき姿を整える、計画するってことだと思うんです。

そういう意味で、営業だって営業の仕方のデザインがあるし、経営者だってビジネスモデルのデザインがあると思うんですよね。
形骸化されたクリエイター選民思想がデザインを駄目にしているんだと思います。

むしろグラフィックデザイナーは「視覚的なデザインしかできない不自由な職業」と捉えるべきかと。

kojiko さんのコメント...

ウィリアムモリスが行った運動がデザインの源流をつくったといわれてますが、モリスの時代にタイムマシーンで遡ってみたいものです。笑

>形骸化されたクリエイター選民思想がデザインを駄目にしているんだと思います。

本当ですね。
カイシさんの意見
直接会って伺いたいですね〜。

今の日本で選民思想の人は
危険だと思います。
あまり語れるほど理論的な性分ではないのですが、カテゴリをステータスにしてしまうことこそ本質が見えてないことを露呈してしまうだけの行為のように思えてきます。
競争は大事だけど、
対立するのはまた別な話。


生き方に共感したり
ファンになったり、
自分がもってる材料で
なにが出来るだろう、とか
普段の生き方の
シンプルなところに
答えがある気がしてます。